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大阪高等裁判所 平成3年(行ス)4号 決定

抗告人 阿笠清子 ほか四名

相手方 内閣総理大臣 ほか二名

代理人 高山浩平 小久保孝雄 高橋利幸 北村博昭 山崎徹 ほか五名

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

抗告人らの本件執行停止の申立ては、平成三年四月二四日に開かれた閣議において、「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」との決定がなされたところ、〈1〉相手方内閣総理大臣が、右閣議決定を受けて、同日、相手方防衛庁長官に対してなした同趣旨の指揮命令、〈2〉相手方防衛庁長官が、右指揮命令を受けて、同日、相手方防衛庁海上幕僚長に対してなした「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日に出航させよ。」との指揮命令、及び、〈3〉相手方防衛庁海上幕僚長が、右指揮命令を受けて、同日、掃海母艦長、掃海艇長、補給艦長に対してなした「ペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日に出航せよ。」との執行命令について、それぞれその効力の停止を求めるものである。

ところで、行政事件訴訟法所定の処分の取消しの訴えの対象とすることができる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為とは、行政庁が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利、義務を形成し、又は、その範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。

抗告人らが本件において執行停止を求める各行為について、右の点を検討するに、前記の各行為は、その具体的な内容については明らかではないものの、いずれも行政組織の内部における指揮、命令であることが明らかであって、これらが直接国民の具体的な権利、義務(なお、抗告人らは、右各行為によって、抗告人らの有する平和的生存権もしくは利益、戦争に加担させられない権利もしくは利益、日本国民たる名誉及び良心の自由に対する利益或いは権利等が侵害される旨主張するが、憲法上保障されている右のような権利ないし利益が直ちに行政庁の公権力の行使による侵害から保護されるべき権利ないし法的利益となり得ると解することは困難である。)を形成したり、或いは、その範囲を確定するものということはできない。

以上により、前記各行為は取消しの訴えの対象とすることができず、したがって、その効力の停止を求めることもできないというべきである。

右と同旨の原決定は相当であって、本件抗告は理由がない。よって、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 大久保敏雄 妹尾圭策 亀田廣美)

即時抗告申立書

申立の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、被抗告人内閣総理大臣海部俊樹が、一九九一年四月二四日閣議決定した自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づく「機雷除去のため海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に派遣する」との閣議決定を受けて、同日被抗告人防衛庁長官池田行彦に対してなした同趣旨の指揮命令は、大阪地方裁判所平成三年(行ウ)第三九号自衛隊掃海艇派遣指揮命令処分取消等請求事件の判決確定まで、その効力を停止する。

二、被抗告人防衛庁長官池田行彦が、前同日前項の指揮命令を受けて、被抗告人自衛隊海上幕僚長佐久間一に対してなした「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて一九九一年四月二六日に出航せよ」との指揮命令は、大阪地方裁判所平成三年(行ウ)第三九号自衛隊掃海艇派遣指揮命令処分取消等請求事件の判決確定まで、その効力を停止する。

三、被抗告人自衛隊海上幕僚長佐久間一が、前項の指揮命令を受けて、前同日掃海母艦長、掃海艇長、補給艦長に対してなした「ペルシャ湾に向けて一九九一年四月二六日に出航せよ」との執行命令は、大阪地方裁判所平成三年(行ウ)第三九号自衛隊掃海艇派遣指揮命令処分取消等請求事件の判決確定まで、その効力を停止する。

との決定を求める。

申立の理由

一、原決定の理由

原決定は、被抗告人の本件各処分は「上級行政機関の下級行政機関に対する指揮監督権限の行使たる性質を有するものであることはきわめて明らかであって、これが、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するものとは認め難い」と述べるとともに、抗告人らの権利・利益が侵害される旨の主張は、「独自の見解であって採用することはできない」として、却下決定をなした。

二、行政処分性

1.原決定は、本件各行為を行政機関の内部行為とみて、国民の権利・義務を形成し又はその範囲を確定する効力」を有しないと考えているが、本件各行為は行政機関内部の行為にとどまることなく、社会的にも国際的にも大きな影響を与えていることは各疏明資料によっても明らかであり、そのことによって抗告人らの権利・利益を侵害していることをなんら検討しようともしていない。

2.行政訴訟の特色は通常の民事訴訟によっては代替しえない点に存在している。民事訴訟においては権利主体たる紛争当事者が実体的な権利義務の存否をめぐって争うという当事者訴訟の構造を有しているのに対して、取消訴訟は下級官庁の行政行為に対する上級官庁への不服申立(訴願)が司法形式化したものであり、行政行為の適法性の統制を通して原告の権利・利益の救済を図るという訴訟構造をもともと有していた。したがって、通常の民事訴訟と区別され裁判制度において取消訴訟の有意義性が認められる特色は、行政行為の適法性を司法的に統制することによって抗告人らの「権利・利益」の救済を図る点に存在しており、ここにいう「権利・利益」は「自由と財産権」に代表される既存の権利カタログに限定される必要はなく、広く違法なる行政行為によって毀損される「権利・利益」が対象となるものである。この「権利・利益」は、「自由と財産権」に代表されるような「自由権基本権」にとどまらず、「生存権的社会権的基本権」、民主主義に基づく「請求権的基本権」、及び、第二次大戦の悲惨な結果という歴史的事実によって新たに発生した「平和的生存権もしくは利益」、「戦争に加担させられない権利もしくは利益」、並びに、国際関係の密接化により個々人に問われるに至った「日本国民たる名誉権もしくは利益」が具体的に存在している。

3.取消訴訟の対象たる「処分性」は、「権利・利益」保護要件と表裏一体の関係にあり、原決定にいう行政機関の内部行為といわれている問題も相対的問題である。最高裁は通達について行政組織内部における命令として処分性を有していないとしてきたが(昭和四三年一二月二四日 民集二二巻)、その後の東京地裁判決において「通達そのものを争わせなければその権利救済を全からしめることができないような特殊例外的な場合には」取消を求めることができると判示した(昭和四六年一一月八日 行集二二巻)。右東京地裁の判決はいわゆる紛争の成熟性すなわち行政庁の行為の最終性の問題とも関係して通達そのものを対象にしていると解せられるが、本件においても、本件各処分は最終性を有しており、これ自体を争わなければ抗告人らの「権利・利益」を守ることはできないものであるから、この観点からも「処分性」の要件は完全に具備しているというべきである。

三、「権利・利益」の保護要件

1.取消訴訟の民事訴訟と区別される有意義性は既に論じたように、行政行為の適法性を司法的に統制することによって原告の「権利・利益」を保護することにある。行政行為の違法性が巨大であればあるほど、司法的統制の必要性が増大することは三権分立原則から当然に導かれる帰結である。三権分立とは三権相互の不干渉を意味するものではなく、逆に「チェック・アンド・バランス」がその本質的意義にあり、その目的は国民の権利侵害を国家権力相互の力の抑制により未然に防止することにある。

2.本件各処分の違憲・違法性については申立書において詳しく論じたところであるが、行政権の最高機関たる内閣が憲法にもまた自衛隊法にも違反する決定をなし、それに基づいて本件各処分がなされるという事態は、政党政治として多数政党たる自由民主党が指導する行政機関の最高機関が多数の力によって違憲・違法行為を敢行するという法治主義を否定したいわばクーデター的力の行使である。国家政治の場において多数政党に指導された国家機関が違憲・違法行為を敢行する場合、その行為を阻止して合法的行為に回復せしめる力は政治の現場には存在しない。現に本件各処分行為はいかなる政党も阻止することはできなかった。このような場合憲法秩序を保障されるという国民の権利・利益は、ただひとつ司法裁判において保護せられる以外に方法がない。

3.抗告人らが主張する平和的生存権や戦争に加担させられない権利並びに日本国民たる名誉及び良心の自由に対する権利・利益も、憲法秩序を国家権力が守る場合には、憲法秩序体系において保護せられているため、あえて個別的権利として意識せられることは少ないと考えられる。しかし、いったん多数政党の指導により国家権力の行為として右権利・利益が侵害されもしくは侵害される危険性が発生した場合には、明確な個別的権利・利益として自覚され、法的権利・利益として具体的化される。この属性は一般の他の権利の属性と同様である。例えば、所有権についての意識とその主張の具体的内容は侵害される事によって明確に意識され、所有権の具体的発現形態は侵害される行為の態様によって具体的権利として発現する。例えば、所有権に基づく返還請求権なのか、妨害排除請求権なのか、という形で具体化されるものと同様である。

平和的生存権や戦争に加担させられない権利も、その侵害の態様、例えば本件の如き自衛隊としての行為であればその行為の原因となった処分の取消を求める、あるいは徴兵制たる法律の成立による徴兵行為であれば徴兵強制に対する物理的抵抗行為の法的正当性のように、権利・利益の具体的内容として成立する。

このように、憲法秩序に基づく権利・利益主張について、それをあたかも他の権利・利益と全く異なるかの如くに主張する見解は、諸権利の成立過程や具体的請求権としての形成過程を理解せず、新しい権利性が本質的に豊かな具体的請求権として形成せられるものであることをアプリオリに否定する。この見解は、政治の腐敗性に対し法の無力を宣言することによって、憲法秩序の破壊に自ら手を貸すことを意味している。

四、なお、本件申立の理由については、さらに、補充書を提出し、より詳しく論ずる予定である。

【参考】 第一審(大阪地裁 平成三年(行ク)第八号 平成三年六月六日決定)

主文

一 本件申立をいずれも却下する。

二 申立費用は申立人らの負担とする。

理由

行政事件訴訟法二五条二項に基づく申立ては、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「処分」という。)を対象としてのみ、これを行うことができることは同条項の文言上明らかである。そして、処分とは、行政庁が行う行為のうち、当該行為によって、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するものをいう。

本件申立は、平成三年四月二四日にされた「機雷除去のため海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇、補給艦をペルシャ湾に派遣する。」との閣議決定(以下「本件閣議決定」という。)に従い、被申立人内閣総理大臣海部俊樹が、右同日、被申立人防衛庁長官池田行彦に対してした同趣旨の指揮命令、被申立人防衛庁長官池田行彦が、右同日、右指揮命令を受けて、被申立人自衛隊海上幕僚長佐久間一に対してした「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日出航せよ。」との指揮命令、及び、被申立人自衛隊海上幕僚長佐久間一が、右同日、右指揮命令を受けて、掃海母艦長、掃海艇長及び補給艦長に対してした同趣旨の執行命令の各効力停止を求めるものであり、その趣旨は、本件閣議決定を受けて、被申立人内閣総理大臣海部俊樹が、内閣法六条に基づく行政各部に対する指揮監督権限の行使としてした行為、被申立人防衛庁長官池田行彦が、自衛隊法八条に基づく指揮監督権限の行使としてした行為、及び、被申立人自衛隊海上幕僚長佐久間一が、同法九条三項に基づく防衛庁長官の命令の執行としてした行為の各効力の停止を求めるものと理解することができる。被申立人らが、右各法律の規定に基づき法令上付与された権限の行使として、どのような行為をしたのかについては、本件記録上、その疎明が十分であるとはいえないものの、右各権限行使の根拠規定の趣旨、性質にかんがみるならば、右各法令の規定に基づく被申立人らの行為は、上級行政機関の下級行政機関に対する指揮監督権限の行使たる性質を有するものであることはきわめて明らかであって、これが、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するものとは認め難い。

申立人らは、被申立人らの右各行為によって、申立人らが憲法に基づき保障された権利・利益が侵害される旨の主張をするけれども、右主張は、独自の見解であって、採用することはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件申立は、その主張自体に照らし、対象適格を欠く行為の効力停止を求めるものといわざるを得ないから、不適法として却下を免れない。

(裁判官 松尾政行 綿引万里子 和久田斉)

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